プレゼンテーション講座 新年度「メールの書き方」

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講座0511資料Top.pngのサムネイル画像 新年度のプレゼンテーション講座は、参加者の関心が高かったメールの正しい扱い方を最初に取り上げます。


日頃から慣れ親しんでいるコミュニケーション手段。日本語で文字を入力して送信ボタンを押せばそれで事足ります。難しさを感じるというよりは便利さが際立つツールと言えます。


ところが、メールの相手が友人たちから大学の先輩へ、指導教官へ、さらには企業の人間へと変わると事情はすっかり変わってきます。1に書き方、2に言葉遣い、3に形式、つまりフォーマットが全然分からないのです。


そもそも書き出しは何とすればいいのか。「はじめまして・・」、何か友達ぽくてしっくり来ない。「日頃からお世話になっています・・」、はじめて書く相手には不自然。切り出せないからその先も出てこない、結びは何とすればいいのだろう、と悪循環に陥ります。


就職活動が始まった途端、大人社会の洗礼はメールの書き方というありふれた出来事で不安の幕を開けます。


そこで、今回の講座では次の点に注意を払いながら「これなら安心して送信できる」実践Eメールの書き方をマスターします。


 目上の人に、友達に、先輩に、言葉の使い分けができるメールを書く


 敬語は相手との距離感・人間関係を表す。上下・つながりが分かれば心配は無用


仲間に書くメールと企業へ出すものと先輩に書くものと、どこが違うのか。目上の人には敬語を使うのは知っていてもどの程度の敬語を使えば良いのか。知らずに使っていて失礼に当たるケースはどんな時なのか。それは、どれほど深刻なことになるのか。仲間内の言葉使いはなぜいけないのか・・。知っていないと、とんだ恥をかくことばかりです。


そんなことを参加者が書いたメールの中から拾い出し、ライブ形式で添削していきます。訂正箇所の指摘、正しい表現への修正、その理由付け。参加者全員の添削をしていきますので、様々なケースを同時に体験できるのも講義の特徴となります。


5月11日の講座では、参加者5人・12例を精査しました。


大学生ですから、メールの相手は圧倒的に仲間たちが多くなります。そうしたケースは今回は除外し、大学の先輩や教官、企業に勤めるゼミの先輩、ボランティア団体の役員、外部の目上の人、企業の営業社員など、自分たちが直接的にかかわる「目上の人たち」宛のメールを持ち寄ってもらいました。


経験量が乏しい大学生ですので文面に誤りがあっても不思議ではありません。知らないから間違える。これは当然のことです。しかし、それを不安に代えてはいけません。講座の目的はそこにあります。


ミスをしないためには、正しいと言われる使い方をマスターすれば良いだけのことです。分量はたいしたことありません。なぜならば就活生が直面する人間関係は構図がシンプルだからです。


今回の作業の流れ。


1.訂正箇所を赤線でマーク  

  → なぜなのか考えよう


2.正しい表現は、このようになる 

  → 添削・修正作業をライブで見る


3.その理由を解説


5月11日は、このように進めました。

具体的な文面と修正法は次回にご紹介します。


          アサヒカコー株式会社

          プレゼン教室 kobayashi@asahikako.jp

          小林一郎 2012.05.12





プレゼンテーション講座 新年度内容

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 新年度のプレゼンテーション教室を始めました。


ひとくちにプレゼンテーションと言っても様々な展開法や方法があります。今年はそれを3つのグレードに分け、この4月からは基礎編を実施することにしました。


講座内容)


基礎編:プレゼンテーションの基礎(話す・書く・PPTに表現する)

内 容:プレゼンテーションの目的(1)、トーク&スピーチの基本(3)、分かる文章を書く(3)、

     PPTの作り方(3)  


応用編:表現の基礎と特徴が理解できたらそれらを発展させる

内 容:人に聞かせるストーリーの作り方(4)、プレゼンドリル・間違いを正せ!(3)、

    デジカメで写真構成を作る(3)、就活応援・ESの書き方(面接)(3)

     *参加者によっては就活応援は対象外となる


上級編:表現者として自分の価値観・世界を伝える

内 容:企画書の書く・プレゼンする(5)、リサーチと発表(5)、Movieを制作する・企画からDVDまで(5)

     *うち2つを選択


1つのグレードを10回の講義でカバーします。カッコ内の数字はそれに要するコマ数です。基礎編が終了した人は次のステップである応用編へと進みます。


この講座は実践主義講座です。講義内容を聞くだけの形式はとりません。参加した人の興味や必要性に合わせてオーダーメイドでドリルとテキストを作成し、それを使いながらQ&Aや発表実技を繰り返します。プレゼンテーションは人前で発表することですから、その精神を徹底します。


4月から基礎編をスタートさせました。すでに第1回として「プレゼンテーションの目的」を受講生にお話ししています。1回目の講座では参加者の直接的な参加目的や現状の課題などが良く分かり、それを基に次のメニューに反映させる手法をとることにしました。学生諸君がプレゼンテーションのくくりで悩んでいたのは、メールの正しい扱い方でした。


就活生には最大の悩みです。仲間に書くメールと企業へ出すものと、先輩にお礼を書く時はどの程度の敬語を使えば良いのか。失礼に当たるケースはどんな時なのか、どれほど深刻なことになるのか。仲間内の言葉使いはなぜいけないのか。

これは社会を意識すると誰もが一度は感じる不安です。


大学では学生が提出する文書類の添削はしません。また、その返却もありません。自分が間違った表現をしていてもそれを確かめる術がありません。「不安」が解消せずに社会人になるのが大学生活の「不満」であると参加者の声もありました。そこを最初に越えることが講座のねらいです。


誰もが思っている漠然とした不安。それを解消する正しい表現形式の習得。使える表現を自信を持って。

そのようにテーマを考え、ドリルを行っていく予定です。


そこで、基礎編の次のテーマは「メールの書き方」としました。


勉強会は少人数で行います。一人ひとりが発表できる時間を確保し、考えながら修正していく形です。

会場は弊社事務所、これは従来通りです。


こうした勉強会に興味のある方はいつでもご相談ください。


実社会に出るための準備は自分の手で。プレゼンテーションは伝える技術だけではありません。分かってくると聞き上手になります。コミュニケーションがきっと愉しくなります。


お問い合わせ   アサヒカコー株式会社

         プレゼン教室 kobayashi@asahikako.jp

         小林一郎 2012.04.23



プレゼン講座 今後の予定

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プレゼンテーション講座の今年度の予定は次のメニューで進める予定です。

1.就活応援、国内企業の新採活動が始まりました。
  改めて、エントリーシートの書き方と企業研究を取り上げます。

2.プレゼンテーションの基本を映像で。制作を始めます。

3.「現代史2011年」の継続編を始めます。

伝える前に、世界の現状を理解する時間も必要です。それが顕著に表れているのが昨今の東アジア情勢です。
経済活動や政治情勢を動かす要素がどこから来ているのか、立ち止まって考える時間も持ちたいと考えています。

具体的なスキーマが出来たところでご案内します。

          小林一郎 2012.04.12
          kobayashi@asahikako.jp


実施しました:プレゼン講座「時代を知る・明日を知る」

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プレゼンテーションの特別講座「時代を知る・明日を知る」を実施しました。3/26


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場所は弊社渋谷事務所。狭い室内は15人で一杯となり、熱気のこもった講義となりました。

初回は朝鮮半島を取り上げました。東アジアの今日を注目するために、太平洋戦争末期にさかのぼります。かっての日本領土が敗戦でどのように変わっていったか、1945年を境に激変します。その象徴が朝鮮半島です。


講師の畑山康幸さんが、公表された史実の中から歴史の事実を見つける道筋を説明しながら、朝鮮半島と周辺部で歴史を動かした事実とそれにかかわった人物模様を話の軸に講義を進めます。


こうした講義で重要なキーとなる話の舞台は地図で抑えます。戦前の日本領土は樺太から南洋諸島にまで及んでいました。東アジアにも領土はあり、それらは中国やソビエトとも接していました。


日本の敗戦、全面降伏は領土の損失という側面だけでなく、東アジア地域のその後の激動をも生み出したのです。1枚の地図、それは動きもなく歴史の一時を記しただけのものです。しかし、そこに史実を重ね合わせ人の動きをなぞっていくと、コンピュータグラフィックのように形を変えその先の変化を描き出してくれるかのようです。米ソ超大国の対立の構図はこうしてアジアから始まりました。

第1回「朝鮮半島ウォッチ なぜ分断国家が出来たのか?」、おおよその概要です。


次回以降は

・朝鮮戦争と東アジア(映像利用)

・朝鮮戦争後の東アジア、文革

・直近の動き


などを予定しています。毎月1回の実施です。ご期待ください。


会場 : アサヒカコー株式会社・渋谷事務所

     TEL:03-3468-4915

     kobayashi@asahikako.jp




プレゼン・セミナー 月曜定例 3/12

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大学にはない講座シリーズ 現代史


 昨晩の定例プレゼン・セミナーは現代史の2回目として、「原発過信」、「電気産業の行方」、「大阪維新の会って何?」を取り上げました。


東日本大震災を語る上で外せない原発事故は源を戦後原発史にさかのぼります。国民の誰もが安全性を疑わない存在となっていった背景には特定の原因が浮かび上がってきます。


昨日のセミナーでは就活まっただ中の3年生に報告してもらいました。


彼は結論として「私たちは恐るべき虚構の上にいた」ことを挙げています。作り出された「安全神話」の上では巨大津波は「想定外」であり、対応は不能となる。


それを導き出す過程を日本史の中に求めていくと3つの疑問点が上がってきます。


1.外国依存の原発

2.『国策民営』

3.チェック・バランスの不全(監査機能と原発)


外国依存の原発。

元々日本には原子力開発を是とする空気はありませんでしたが、核の忌まわしさを感じさせない平和利用を前面に出した発電事業を日本に積極的に導入した人物がいます。世界はその時、冷戦の渦中にあり、ソ連の脅威に対抗する布石として日本は重要な位置にありました。原子力発電所の建設は米ソ超大国の緊張の中で進められた国家事業だっのです。茨城県東海村の原子力施設は1965年に臨界に達し、日本初の商業炉となりました。米国が1号炉の運転を開始した8年後のことです。


原発は輸入品です。それも高価な。1950年代実用化に成功した英・米・仏から技術輸入が始まりそれは今日に至っています。これが本来の意味での専門家の不在を招き、緊急時の対応・判断で致命傷となりました。


「国策民営」は責任者が誰なのか、企業か政府かを問うています。

監視機能は原発の危険部分を正確に指摘してきたのか。


このような疑問から出発した「過信『想定外』は何故起こったか」は聞き応えのあるプレゼンテーションとなりました。

この報告には続編があり、来週はこの一年の動きとエネルギーの未来という視点から行う予定になっています。


「電気産業の行方」、「大阪維新の会って何?」も後日このページで報告します。


世論を巻き込むこれほど大きな問題も、歴史の中では世論を上手に作り上げ、その必要性を「第三の火」として祭り上げ、近代科学の象徴としたいきさつには国民不在の感は免れ得ない。高度に科学的であること、特定の人間しか触れることが出来ない聖域としたこと、絶対的なヒエラルキーを設けて管理したこと。それらがあまりにも閉鎖主義的にすぎる。


時事問題の中でも短期の出来事ではすまないテーマであるだけに、苛立ちを抑えながら思考することに疲労感も覚えます。


就活生が今を知る手がかりとして難題に取り組んだことは敬意に値すると感じたセミナーでした。 

  

               小林一郎 2012.03.13





プレゼン・セミナー 月曜定例

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presen_seminar0227.png大学にはない講座シリーズ 現代史


 現代史を取り上げています。

今の出来事が歴史に?何とも奇妙な表現ですが、目的は「今の世界を知ること」にあります。


プレゼンテーション講座にはいろいろなコースを設けています。伝えることを主眼にしていますので時々の社会情勢に合わせ、「就活応援」をしてみたり「パワーポイントの使い方」を学んでみたりと品揃えも変わります。


そうした伝えるための一方通行に対し、立ち止まって今の社会を考えるための時間も必要になります。毎週月曜日定例で行っている「プレゼンテーション・セミナー」では、「時事問題:2011年の世界」をテーマに、私たちが今どのような流れの中にいるのか理解するための出来事を調べています。


現代史に着目する理由:

2011年は後世どのように人々の目に映るだろうか。

特筆すべき年の顕著な事象から、ここ数十年の世界の流れの中で隠れていた要因を探し出したり、顕在化した理由を取り上げてその影響を推察したりと、尋常ならざる年の「歴史的インパクト」を様々に分析していきたいという意味がある。


大げさに書けばこのようになります。

つまり、突然、大地震や津波が襲ってきたわけではない訳で、これには過去の災害の事実を軽視したおごりや傲慢があったことが分かって来ましたし、対策への油断もありました。そうした「今だから分かる」事実もつかみ取って考えていくと、一瞬の災害や、世界潮流に翻弄されていた事実も「今となると」根っ子の部分がクッキリと見えてきます。分かってきた事実は今後に何らかの影響を与えていくでしょうから、そこを見逃したくない。そんな理由です。


題材は、世界規模から見ると

「ギリシャ支援とEU」から始まり、電気産業界の厳しい現実を見せつける「電気産業の行方(テレビのつまづき)」、期待のかかる「有機EL(液晶を越えて)」、一時の狂騒に終わるか「スマートテレビ」などがあります。


産業界の今後を見つめる契機となった「タイの洪水被害」、「円高と産業の空洞化」などは、仮に円が落ち着いてきたからと言って産業構造に後戻りはなく、ひいては日本国内の雇用にも大きくかかわってきます。


「原発過信」はどのように醸成されたのでしょうか。根底には何があったのでしょう。急速な脱原発は揺り戻しの副作用をもたらさないのでしょうか。すでに原発稼働待望論も出ています。日本の危うさと切り捨てていいのか、放射能汚染のケリがついていない現状の中で「絶えず不安定な日本の軸」を見ておきたいテーマです。


「TPPとは?」「秋入学」「大阪維新の会って何?」とテンポラリーな題材もあります。変わるには変わる理由があります。今に始まらないその理由を知ることで先々が想像つきます。

小さいサイクルの中での繰り返しも見過ごしてならない要素かもしれません。


現代史は著書にもなっている普遍的なテーマです。

ポール・ジョンソンが表し、日本で1992年に公刊された「現代史」は、上下巻合わせて700ページにも上る大著です。この本は20世紀を現代史の舞台と定義し、1919年のある出来事から筆を進めています。この本を政治史を中心とした一般的な歴史書と思うと大違いで、著者はアインシュタインの相対性理論の実証観測の成功事例を取り上げ、相対論の登場が世界史に与えた影響から論じています。絶対の崩壊、相対主義の台頭。


ジャーナリストである著者が物理学の世界を大局的に正確に捉えている知見には驚かされます。20世紀の初め、ニュートン力学は相対論によって置き換わりました。その直後、物理学はこんどは量子力学の確率論的世界へと突入していきます。つまり、大激変が矢継ぎ早に起こっていった時代、それを20世紀の最初の20年に象徴しているのです。


私たちが読み取れる「現代史」はそれほどドラスティックではないかもしれません。でも、待ってくださいよ。ニュートリノが光の速度を超えたという実験データが公表されたり、iPS細胞を使い再生医療が可能になる段階まで来ている研究もあります。生命現象をも人が工学世界で触れられることは人類の歴史ではなかったことです。それが先行する30年ほど前の研究から一気に加速しました。血小板の再生に成功した研究機関もあります。血管、皮膚組織、一部の臓器へと今後は拡大するでしょう。治療を目的とした生命倫理に基づいた生命工学の応用。これも科学の革命です。


20世紀は戦争の世紀です。人類史は闘いの歴史であり、その間に平和は少ない。これは良く引用される言葉です。21世紀がどのようになるにせよ、闘いのエネルギーは破壊行為だけに費やされるべきでないことは、平和時の闘い(様々な革新)が物語っています。


世界の変化は私たちの日常に間髪入れず及びます。その時、遠くにある震源や理由がうっすらなりにも分かっていれば、慌てることも少なくなるでしょう。「秋入学」ひとつとっても、世界に繋がっている現実は分かります。日本が川下に位置することも。


次回の月曜定例会(3/12実施)は東日本大震災関連テーマを選び、「原子力への過信」と「311と首都圏直下」をトレースする予定です。首都直下地震による被害想定に楽観的なものはありません。


明日の自分のために、今を知る。


        小林一郎(kobayashi@asahikako.jp) 2012.03.10

プレゼンテーション講座 報告・番外3

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添削を希望する若者たち、なぜ?

プレゼンテーション講座をしていて不思議なことがあります。
多くの学生が、いやほとんどの学生が添削を希望することです。「見て、ご意見をお願いします」という人はほとんどなく、決まって「添削してください」というのです。

自分の文章が赤の二本線で削除されていたり、至る所に文字の訂正があったり、ひいては大きな丸で囲われて矢印と共に文頭や文末に移動されてたりと、原形をとどめないケースも珍しくはありません。慣れているんだろうか。私にはそこがどうしても分かりません。

報道の世界に身を置いていると、初稿は多めに書いておき、それが時間内に収まるよう切られることは何ともないことでした。持ち時間がはっきり分かっている番組でも、やはり情報は多めにが原則です。「切るのは簡単延ばすのは困難」、それは常識だからです。

ただし、文章の直しは受けたくないというのが本音です。だから、推敲はもちろんのこと、用語の言い回しや言葉選びには注意を払います。「何だこれは!」というデスクの声ほど不名誉なことはないからです。

そんな日常を送ってきたものに、学生諸君の「添削をお願いします」という注文は、未完成を認めているとしか映らず、完成していないものをどうして提出できるのか、それが不思議でなりません。

本当はそこまで真剣には考えず、単にアドバイスしてくださいと言っているのかもしれません。エントリーシートの作成などマス目を埋めるくらいのことで、100社も出しておけば当たる可能性も高くなるのです。経験豊富な人物に添削を通して妥当な表現にしておいてもらえれば、まずは困ることはないと踏んでいるのかもしれません。

実際に学生諸君に添削して返却する文章は、ほとんど初稿の香りはありません。このように変わってしまうのかと提出者が驚く内容に変わっています。とは言っても初稿中にある単語や事実関係はそのままです。調べ直して書くものではありませんので原文の重要部分はそのままとします。ただ、書き出しや結論へのもっていき方はひと工夫します。着地があって書き出し。それが文章作成のセオリーと思っているからでもあります。

読みやすくなってビックリする文章、導入が全く違う視点から始まる文章、事実の強弱を変えて結論は一緒になっている文章。この三ヶ月間はそれらの作成に終始したと言ってもいいでしょう。

そこまでしても、やはり依然として「添削希望」は絶えません。

ここ数日、理由らしいものが少し分かってきました。大学では添削作業をしていないからです。
期末の試験でもそうですが、記述式の問題があっても提出した答案は赤が入って修正され、戻されることはありません。ゼミのリポートでも多くの場合は添削入りの返却など聞いたことがありません。
つまり、大学での記述式答案は、一方通行が原則なのです。

ある大学で新しい講座が開設され、その第一号になった友人がいます。150人近い学生が選択し、それだけども学内では評判になっている講座です。友人は講義の理解度を測る目的で毎回リポートの提出を義務づけています。大変几帳面な彼は、それに必ず眼を通し朱を入れて返却していますが、週一回の講義でも添削・次回の準備を丁寧に行うと、一週間はあっという間に過ぎ、遊ぶ時間など全くないと言います。添削はそれほどに人の体力と時間を奪います。

生半可はしたくないからしっかり読む。読めばここもあそこも直したくなる、意見も書き添えたくなる。気づけば同じような傾向が絶えないことも分かってくる。だからよけい時間をかけていく・・。

多分、こんなことは非常勤講師がするくらいのことで、圧倒的に多くの学生は一方通行のリポート提出にならされているのではないでしょうか。直してもらうことが本人たちの希望であったとしても、最初にどこまで答えてくれるのか値踏みをして、それから本気になってつきあっていく、そんな関係も考えられます。

そう考えると、添削作業はコミュニケーションの始まりなのかもしれません。道を閉ざしているのは学校の方ということになります。行き場所のない学生はどこへ行けば「成長」が保証されるのでしょう。彼らの関心の上位には「自らの手で成長していきたい」という思いが絶えずあります。就職もその流れの先にあり、一貫しています。

エントリーシートの作成は、人生の通過点をシビアに見つめる契機となっていることは間違いありません。だから問いかけたいのでしょう。経験を聞きたいのでしょう。これで大丈夫かと確かめたいのです。安心したいのです。

彼らが好きな「成長」という言葉は別の言葉と同じくらい良く使われます。「不安」です。相反する言葉のようで、背中合わせの関係にある言葉。「不安」が減っていかない限り、添削の依頼は絶えないのか、学生からの注文を聞く毎日が続きそうです。
                     
           小林一郎 (kobayashi@asahikako.jp)2012.03.04







プレゼンテーション講座 報告・番外2

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ESの贈り物


エントリーシート作成講座は毎回活気に溢れています。書き方の基礎を取り上げた1月の講座以降、2回にわたってマスコミ向けエントリーシートの書き方を特集しました。


設問の分析、記入するトピックの選び方、失敗談を取り上げた理由など7つ設問のねらいを考えてみました。それを基に、参加者が持ち寄った応募用紙の初稿を見比べ、疑問があれば答え、書けると思った人はその場で修正稿を書いてもらいました。


およそ3時間の講義で効果はあっさりと出ました。手探りで書かれていた原稿の中に、明らかに何かをつかんだ原稿が現れたのです。的が絞られ、これが言いたいという一点が明瞭になっています。何を作りたくてNHKを志望するのか、自分が伝えたいことは教育の場で発揮出来ること。子どもの成長を手助けする側に回り、それを実現したいとその文は結んでいます。


読める文章、考えがスパッとクリアーな展開。そこまで到達していたのです。

それでコツをつかんだのか、比較的難問の一つ「最近関心を持った社会的な出来事や疑問に思うことをあげて、あなたの考えを述べてください」では、最近のニュースの中から都会の真ん中で起きている「餓死」に注目しています。老夫婦と働き盛りの長男が生活苦に陥り、社会の網の目からこぼれたかのように誰の目にもとまらず、「事件」となって明るみに出た。それが首都圏ばかりでなく全国に及んでいる、その事実に現代の貧しさを指摘しています。


なにもここぞとばかりに大論文を書く必要はありません。向こう受けを狙って社会的矛盾に満ちた事件を取り上げることもありません。読む側は、社会に眼を向ける素養があることと、その事実にどんな疑念が向けられているのか聞きたいのです。妥当な推論も知りたいのです。


彼のように推進力をグッと増した受講生は他にも数人いました。幼児番組を作りたいという女子学生は、社会の疑問点を311震災に求め、議論に終始して復興への現実感に乏しい政府の状況認識に対し、彼女が敬愛してやまない女性化学者の名前を挙げながら、どんな困難に直面してもひるんではいけない、としています。


男子学生では、書き換えていく内に文章そのものが読み応えのあるものに変わっていった人もいます。彼もまた311震災を題材にして次のような視点を披露しています。

311がどう記録されるべきかを考えた時、被災者についてまわっているものは「混乱」だ。その混乱を聞き手として整理し、多くの人に知ってもらうことが、報道の使命ではないか。長く、被災にあった人たちの「混乱」の行く末を見守りたい。

そのような内容です。


書くのが好きだと言っていたことを差し引いても、集中して思いを明確にしていくと、自分の言葉と話の流れが出来ることをしっかりと示しています。


実名と作例を紹介することはできませんが、問われて応える単なる応募作文に終わらず、現実を見つめた若者の精神が行間につづられているように感じられました。


エントリーシートの作成は思わぬ副産物を私にもたらしてくれました。講義に参加してくれた学生諸君のテーマに対する真摯な態度、難しさが分かった課題にもひるまない精神力、別のテーマを選び直す勇気、幾度も書き直す忍耐力、土壇場で着地点を見つけて完成させるギリチョンの突破力。どれも今まで眠っていたものばかりでしょう。やっと目覚めた時、その力は確実に現実のものとなっていました。


それを目的としてやって来たわけではありません。副産物も期待していたものでもありません。

表現を変えるなら、降ってわいてきたもの、思わぬギフトです。目的は参加者がいつの日か躍動すること、その手助けにあります。


応募用紙の締め切りが迫った日の朝、参加した一人から完成の報告がありました。

気になっていたけど間に合ったか、そう思いメールを読み進めていくと、最後にこれまでのお礼の言葉に添えられてPDFの添付書類がありました。


それは、これから投函される応募用紙のスキャンデータです。

何度も書き直した設問は着地が決まっています。粘ったのです。どれもずっと洗練されています。


何という意外性。予期しない喜び。


このPDFファイルは、プレゼンテーション講座のマイルストーンともなる贈り物となりました。


                小林一郎(kobayashi@asahikako.jp)2012.03.04



プレゼンテーション講座 報告・番外

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この講座は不定期に実施していますが、就活生応援をテーマにしている現在は、エントリーシートの記入にフォーカスした内容にしています。


採用試験のその前に提出する書類。自分が何を行い、どんなセールスポイントがあるのか、それより大事なのは志望動機です。それらを分かりやすくなおかつ相手の心が動くように書いてみたい。

簡単なように思える作業ですが、不慣れな立場ではしばしば壁に直面します。


まず、字数制限があること。短いものでは100文字から始まり、長くても400字、600字程度です。さらには指定された設問が普段は考えていない事柄に及ぶこともあります。


「長所・短所」くらいは良しとして、「課題を発見して解決した経験」や「忘れられない失敗談」、「貴方にとって、仕事とは何ですか?」「あなたは、自分をどのように変えていきたいですか?良いところと改善したいところを踏まえて、お書きください」となってくると一朝一夕には行きません。


自分が客観的に見えているか、その根拠も把握できているか、自分の生き方はある程度設計してきているのか。そんなことも試される質問です。


講座に参加した学生職君から「是非、見て頂きたいと思って」と自作のエントリーシートを委ねられます。添削して欲しいとプリントを置いていく人もいます。11月に講座を始めて、すでに何十のエントリーシートに朱を入れてきたことでしょう。


意外なことに気づきます。

誰の内容もみな似通っていること。ゼミとバイト先とそこでのめざましい活躍。

これが「長所・短所」「頑張ったこと」の定番です。

書くことがないんだなー。


課題の発見と解決法も同じです。その多くがアルバイト先の事例です。職場環境の改善を提案して効率を上げたこと。チームワークを呼びかけて顧客サービスを上げたこと。

一所懸命な姿と現状に向き合った成果が書かれています。


でも、読んでいる私には、アルバイト先の企業のコスト削減にせっせと協力して、それを「課題の発見と解決」にしている様子は不快感に近い感情が頭をもたげます。就職予備軍の練習を進んでしているようで、これが大学生活なのか、はてなと思えてくるのです。


エントリーシートで問うてくるものは、志望動機もしかりで、応募者のこれまでの生き方や現実社会への興味の持ち方を聞いているようでなりません。生活歴は21年かもしれませんが、若者なりの「生きてきた収支報告書」みたいなものを示して欲しいと言っているようにも思えてきます。


自分でしか味わえない現場の空気、見えた光景、感じた思い・疑問、感動、それから発展した興味や行動。そんな個人の個別の出来ことと発見が求められているように思えてきます。


「あなたの仕事観」を書いてください、なども優れた設問です。

その企業は日本を代表する画像機器メーカーで、今日でもナンバーワンであり続けるのは果敢な業態の変化とM&Aによる多角化です。ただ有名なのではなくて、有名であり業界のリーダーであり続けるための「存亡の知恵」を磨いた会社です。


その会社に志望動機を書くためには、少なくとも企業の激動の歴史を少しは触れておきたいものです。世の中の波が代わったから追いかけるのではなく、代わっても波を飲み込む新しい展開を生み出すしたたかさが企業のDNAだと気づいておくべきなのでしょう。

だとすると、その会社での仕事観も中途半端では済まされそうにありません。


考える力があるのか、調べる力があるのか。それよりも就職という一大事に接して、自分と社会をしっかり掘り下げる力があるのか、それも見られてしまうのです。だから「書けないんだなー」。


講義に参加した学生さんが置いていったシートの中に「失敗談」がありました。それは、休暇を利用して訪れた東南アジアの国でのことでした。

アジアの国々には、遠く太平洋戦争のあった10年近く、戦場となり日本が占領し自治を奪った時代があります。現在友好国となっている国々も戦争中は民族の誇りをかけ抗日運動を起こし日本軍と戦った歴史があるのです。


穏やかな日常の風景からは到底想像できないその国に、独立の英雄とされた人物の記念碑があり、その学生さんは偶然それに接することになりました。書かれていたのは、自国を守るために戦い犠牲となった兵士たちの数、その戦いの内容でした。自分が立っている足下が戦場だった。相手は日本軍が戦った米英という敵ではなく、日本軍そのものだった。


エントリーシートには、初めて知った驚きと自分が歴史的出来事にあまりに無知であることを恥じ、「知ること」の重要さと事実の多面性を幾重にも調べる大切さが書かれています。この驚きはその学生さんには「失敗」と映りました。


「忘れられない失敗談」、読み過ごしてしまえばそれで終わってしまうエピソードです。

しかし、私にはこの学生さんの失敗は、この体験を「失敗」と片付けている所にあるのだと思えてなりません。この人は「失敗」したのではなく「学んだ」のです。それも大収穫の学習を。獲得したのです、事実が織りなす複雑さを。


限られたスペースに理路整然と書くのは大変です。そこまでは出来なくて良いでしょう。感動の一端、涙が溢れんばかりの震える現実が正直に書かれればそれ以上のことはありません。


「知る」ことの重みと責任を知ったことはかけがえのない体験です。自分の脚が地に着いているからこそ得られたのです。事実を知った後、自分が恥ずかしくていたたまれなかったという思いは一生の財産に値します。


エントリーシートは就職への一歩かもしれません。

一方、若干21歳の若者といえども自分を語る「小史」はすでに出来ています。


「自分の棚卸し」、「自分を見つめる研究」の場として捉えるならば、「何もしていない自分」を発見し愕然となるのも一つの収穫。また、コピー的な生き方に気づき自分作りに走るのも一つかもしれません。そこに気づくかどうか、書ける内容に結びつけられるかどうか。


このジリジリする乾いた期間に、せめて自分の何たるかを語れる言葉が見つかればと切に願う日々です。

          小林一郎(kobayashi@asahikako.jp)2012.02.15


プレゼンテーション講座 報告3

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「強み・弱み」は比較的書きやすいテーマとして多くの学生諸君がトライしています。


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ご紹介するのは、エントリーシートをはじめて書いてみて、どこに焦点を当てて文字数に合わせればよいのか手探りの例です。どれも一所懸命、出題側の意図には誠実に応じようとしています。


〈強みと弱み〉3年生BさんのES ----------------------------


『自分の強みと弱み(200字以内)』

「私の強みは、まず接客業のアルバイト経験で培ったコミュニケーション能力です。人と接するのが得意なので、初対面の人とも物怖じせずに話すことができます。また、議論の場でも自分の意見を素直に主張することができ、その中で周りに気を配ることができます。弱みとして挙げられるのは、様々な問題が一度に起こり、自分のキャパシティを超えた時に冷静さを失い、どう行動するべきか分からなくなってしまうところです。(194字)」


この人は初めてのESでした。自分の得意分野を書くとしたら、そうだバイトでの実績だ、となったのでしょう。自信を持って働いていたことが文中からうかがえます。そうした掛け替えのない経験や自分の実感を書くことは何よりも大切です。ただ、その時に書かれた内容が自慢に映らないこと、自分だけの評価になっていないかという点も気をつけましょう。


Bさんの場合も、私の強みは・・から始まってしまいましたので、ここも少し技を使います。「・・・である私は・・」としてみます。

さらに、「人と接するのが得意」「物怖じせずに話すことができます」も、その人に会っていないと分からない能力ですので、言い方を変えてみましょう。今のままでは「自分でそう思っている」とされる危惧があります。


私はBさんの原稿を次のように書き換えてみました。


添削『自分の強みと弱み

人と接することが得意で、初対面の人とも物怖じせずに話すことができる私の強みはコミュニケーション能力です。これは接客業のアルバイト経験で培ったもので、議論の場も不得手ではありません。自分の意見を主張すること、周りの人に気を配ることはコミュニケーションの一環だからです。その一方、様々な問題が一度に起きて自分のキャパシティを超えた時は冷静さを失いがちです。これが私の弱みだと思います。(192字)


〈アルバイトでの成果(100字以内)〉3年生C君のES ----------------


塾講師2年目より選抜クラスを特別に任された私は、新人講師達の指導も担い、集団クラスでの生徒の巻き込み方や考えさせる授業運営などを教え、現在では校舎での新人講師達の育成の中心の一人として勤めています。(99字)


100文字以内という縛りはかなり大変です。果敢にも99字で挑んでいます。

実際には120字でというケースもありますし、入社試験では80字以内で要約を書けという設問すらあります。

ひと言で言って、何をしてきたの?と聞いているのです。


C君は自分がしてきたことをビッチリと詰め詰めで書くことにしました。選抜クラスを任されたこと、新人講師の指導も・・、授業運営という基幹部分までも。これは、就職を考える前に塾のリクルートを受けてしまいそうな実績です。出来るヤツはそこが辛いんでしょうね。


盛りだくさんの内容に少し風通しを良くしてみましょう。


添削『アルバイトでの成果

塾講師をしている私は2年目から選抜クラスを任され、新人講師の指導や集団クラスでの生徒の巻き込み方や考えさせる授業の運営などを教えています。現在、進学塾で新人講師育成の中心を担う一人となっています。(98字)


テクニカルには、100字以内に一個の(○)もなかったこと。一行半に句点ひとつと覚えましょう。○が来ない文章は主語が長くなりすぎて、述語が尻切れトンボになりがちです。上記のC君の例では、要素を出来るだけ多く紹介するため、すべてを羅列しています。つまり、ストーリーがない文章になってしまっています。求められているものが履歴書ではないので、読み進められる内容を書く、そこにこだわりましょう。


〈要点のまとめ〉

1.羅列は控えよ、履歴書ではない

2.オウム返しの書き出しはNG

3.「出来る」は注意、自慢に映る


エントリーシートは言葉が示すとおり、最初の入り口で提出するもの、その人が判ることが第一です。ですから気負わず書きましょう。本番はエントリーを済ませてからです。出題の一つのスタイルと思えば苦もないでしょう。何しろ、自分のことを書けばよいのですから。


次回は、文章を短くするためのテクニックです。   小林一郎 2012.01.30